「奥入瀬の春」制作記録

水景から枝先へ、そして余韻へ。余白でつなぐ春の造形
2026年10月 愛媛県松山市大手町の企業様の受付が新しくなりました。
既存のアーティフィシャルテラリウム™️作品名「マグノリア自然への愛」からのリニューアルです。

Aquarium TOJO Muse 東城幸恵です。
水面のきらめき、水中に広がる水草の緑、岩と苔と流木がつくる起伏。
その上に枝を伸ばし、淡い桜が咲く。

今回の作品「奥入瀬の春」は、水槽の中から外へと景色が続き、さらに右側へ流れ落ちるテールまでを、一つの風景として構成した作品です。
水景を担当したのは、水景デザイナースペシャリストの東城久幸。
水景のテーマは、奥入瀬の渓流だと聞いていました。

私は、長年プロとして携わってきた造形美術の視点から、桜を生かすための枝の配置、アーティフィシャルフラワーの桜の構成、そして水槽の右横へ続くテール部分を担当しました。
桜の土台となる枝や流木を実際に組み上げるのは、東城久幸の担当です。
私は、必要な位置や角度、枝を伸ばす方向を的確に伝え、組み上げてもらいながら、花を配置していきました。
水景と花、それぞれの仕事をつなぐために大切にしたのは、全体の輪郭と、その内側に生まれる余白でした。
材料を選ぶときから、造形は始まっている
私にとって、制作は花を取り付けるところから始まるものではありません。
材料を選ぶ段階で、すでに構成は始まっています。
今回、特に重要だったのが、三段のスツールと丸い花台でした。
店頭で目にした瞬間、高さ、形、色、そして組み合わせたときのバランスが、頭の中で一つにつながりました。

「これだ」
水槽の右横に置いたとき、どの高さから流れを受け、どのように段差をつくり、床へ向かってどう収めるか。
その構成が、すぐに見えたのです。
三段のスツールには、高さの変化をつくれるという大きな役割があります。
そこに丸い花台を組み合わせることで、段階的に下りてくる構成の先に、もう一つ異なる形のリズムが生まれます。
直線的な脚の細さ、装飾の曲線、落ち着いた色合い。
これらも、今回の流木や枝と合わせるうえで欠かせない要素でした。
支えるための道具であっても、その形や色は作品全体の印象に関わります。見える部分だけでなく、流木の隙間からのぞく脚や、台の間に残る空間まで含めて選んでいます。
今回の三段スツールと丸い花台は、テールの構成を成立させる、重要な造形の骨格になりました。
自然観に、もう一つの表現を重ねる
制作にあたり、東城久幸から聞いたイメージの一つに、印象的なものがありました。
それは、絵画の「モナリザの微笑み」を、ドローンで空に描いたようなイメージだということ。
同じモナリザの微笑みであっても、絵画として見る場合と、空に描かれた姿を見る場合とでは、表現のあり方が変わります。
私はその話を、自然の風景を基盤としながら、そこに造形としての新しい表現を重ねていくための手がかりとして受け取りました。
奥入瀬の渓流という自然観を大切にしながら、作品の外側へ続く部分には、少し異なる質感や色の流れをつくる。
そうして考えたのが、薄紫のローズマリーガーランドを用いたテールの構成です。
水景、桜、流木の世界から離れてしまわないこと。
そのうえで、水槽の中だけでは生まれない余韻を、右側の空間へ広げることを目指しました。
水槽の右横に、景色の続きをつくる
まず、三段のスツールと丸い花台を、水槽の右横から流れるように配置しました。


その上に東城久幸が流木を組み上げ、私は薄紫のローズマリーガーランドを使って、テール部分を制作していきました。
ここで大切にしたのは、上部から下部へ、視線が自然に受け渡されることです。
水槽の右上に集まる枝や流木の量感を、そのまま下へ延ばすと、右側だけが重く見えてしまいます。
反対に、途中で細く弱くしすぎると、上部と下部のつながりが途切れてしまいます。
流木の形を見ながら、ガーランドを沿わせるところ、少し離すところ、重ねるところを考え、密度に変化をつけていきました。

流木の力強い輪郭と、ガーランドの細かな枝葉。
その質感の違いが、テールに表情をつくります。
薄紫の色は、上部の淡い桜から下部へ視線をつなぐ役割も担っています。
花のかたまりから、より細かな線の集まりへ。
素材の表情を変えながら、春の気配を下へ受け渡していく構成です。
全景を見ると、水槽の水平な広がりに対し、このテールが縦方向の動きを加えていることが分かります。
右側の下方へ伸びる流れがあることで、桜の上向きの広がりと、水景の横への広がりが、一つの大きな構図として結びつきました。
桜を生かすのは、枝の配置と余白
桜の構成で、私が最も大切にしたのは「余白の美」です。
花の美しさは、花そのものだけで決まるものではありません。枝と枝の間、花と花の間にどのような空間を残すかによって、見え方は大きく変わります。
余白には、枝の線を見せる働きがあります。
花の輪郭を際立たせ、奥にあるものを感じさせ、見る人の視線が通る場所にもなります。
今回選んだ桜は、かなり重量があり、ボリュームもある材料でした。
そのため、一本の枝の角度が変わるだけでも、花のかたまりの位置や、全体の重心が変わります。
土台となる枝を組み上げてもらう際には、メインになる枝の角度と方向を確認しました。

どこで花を受けるか。
どこまで枝先を伸ばすか。
どの空間を開けておくか。
花を配置したときの姿を見据えながら、枝の段階で全体を整えていきます。



花を加えることと同じくらい、空間を残す判断が大切なのです。
ボリュームを、一つの大きな塊にしない
桜の華やかさを生かすには、全体のボリュームだけでなく、その分け方にも注意が必要です。
花が同じ密度で連続すると、枝の動きや花房ごとの表情が見えにくくなります。
そこで、花のかたまりが響き合うところと、枝の線が見えるところをつくり、密度に強弱を持たせました。
近くで見たときには、一つひとつの花や枝の表情があること。離れて見たときには、全体が一つの流れとして見えること。
その両方を確認しながら配置しています。

右側にある量感を起点に、上へ伸びる枝、左へ広がる枝が、それぞれ異なる方向の動きをつくります。
水槽の左側に広く残る空間も、この構成の一部です。
そこに水面の水平な広がりが見えることで、右側の桜や流木の存在感が、より明確になります。
密度のある部分と、静かに開けた部分。
その関係が、作品に呼吸を与えています。
桜の色の違いで、奥行きをつくる
桜の色も、すべて同じではありません。
白に近い色、淡いピンクを含む色。
それぞれの違いを見ながら配置し、奥行き感につなげています。
淡い色同士の組み合わせは、一見すると差が小さく感じられるかもしれません。
しかし、まとまった量になり、照明が加わると、その微妙な違いが花房の重なりや距離感に関わってきます。
明るく浮かび上がる花、その奥に重なって見える花。
色だけでなく、向きや位置も合わせて考えることで、平面的に見えないようにしています。
アーティフィシャルフラワーは、配置や角度をつくり込める素材です。
その自由度を生かしながら、花の重なり方や枝との関係に説得力を持たせることを大切にしました。
水景に落ちる、淡い桜の影
今回、桜の姿とともに意識したのが、上からの照明によって水景に落ちる、淡い桜の影です。
水景の上に花を配置すると、花そのものの輪郭に加え、その下にも、光と影による表情が生まれます。

私は、この淡い影も演出の一部として考えています。
桜が水景から独立して浮かんで見えるのではなく、その下の景色にも気配が届くこと。
光と影が、そのつながりをつくります。
そのため、花を置く位置は、正面から見える姿だけでは決められません。
照明を受けたときに、下の景色へどのような影を落とすかも関わってきます。
立体作品では、素材そのものと同時に、素材が光を受けた結果までが造形になります。
水面の明るさ、水中の水草、枝の輪郭、そして淡い桜の影。
それぞれが重なって、「奥入瀬の春」の空間をつくっています。
モス付きツイッグで、流れをつなぐ
仕上げでは、要所にモス付きツイッグを配置しました。
これは、見えにくい材料ですが、全体のまとまりを整えるうえで大切な役割を持っています。

桜の柔らかな花房に対して、ツイッグの細い線が加わると、輪郭に変化が生まれます。
また、モスの質感や緑が入ることで、水景の水草と、水上の枝や流木との間にもつながりができます。
花の淡さが続く場所を引き締める。
流木と花の間に変化をつくる。
離れて見える部分の流れをつなぐ。
配置する場所によって、その役割は異なります。
大きな構成を整えたあと、こうした細部を加えることで、素材同士の関係がより明確になります。
小さな一枝が、全体の見え方を変えることもあります。
正面と側面、それぞれに続く造形
正面と斜め方向では、作品の異なる表情が見えてきます。


見る角度が変わっても、素材の流れがつながっていること。
重なりに奥行きがあり、抜ける空間があること。
そうした関係が、作品全体の充実につながります。
今回、材料を選ぶ段階で思い描いた三段スツールと丸い花台の構成が、実際の空間の中で、流木と花を受け止める形になりました。
「奥入瀬の春」に込めた造形
「奥入瀬の春」では、東城久幸がつくる渓流の水景に、私が桜とテールの構成を重ねていきました。
水景、枝、流木、桜、モス付きツイッグ、そして薄紫のローズマリーガーランド。
それぞれに異なる質感と役割があります。
それらを結びつけるために、材料の選択から、枝の角度、花の密度、色の重なり、余白、光と影までを考えて制作しました。
長年、造形美術に携わる中で大切にしてきたのは、素材を一つずつ見る目と、作品全体を見る目を行き来することです。
目の前の一枝が美しくても、全体の流れに合わなければ、角度や位置を調整します。
反対に、小さな材料が一つ加わることで、それまで途切れていた流れがつながることもあります。
今回の制作も、その判断の積み重ねでした。
水景から立ち上がる桜へ。
枝先の余白から、右側を流れるテールへ。
見る方の視線がそれぞれの場所を巡りながら、一つの春の景色として感じていただけたらと思います。

この作品を制作させて頂く機会を与えてくださいまして、ありがとうございました。
この場を借りて感謝を申し上げます。
この後は、私のアーティフィシャルフラワー部分の担当は微調整だけになり、終わりましたが、東城久幸によって、既存の水槽に居た17匹のお魚さんと今回新しく入る10匹のお魚さん達が丁寧な水合わせで入ります。
またテール部分の装飾を照明で光と影を演出したり、壁のコードをきれいに整えたりと細かな作業が続きます。
私が命名した作品名の入ったネームプレートも、「奥入瀬の春」の作品の一部です。
私がデザインして今オーダーしています。
全てが整ったらまた、こちらにアップして、お見せします。
もう少しお待ちくださいね。
文:Aquarium TOJO Muse 東城幸恵



























